極真空手を世に広め、ポピュラーにした人 | 梶原一騎

極真空手を世に広め、ポピュラーにした人 | 梶原一騎

先に述べたように、

空手は沖縄から本土に伝わりました。

その空手は、

伝統派と呼ばれているのであり、

フルコンタクト空手は、

もっと後になって生まれたものでした。

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極真も源流は、伝統派空手です

フルコンタクト空手の代表流派である、

極真空手

創始者は、

牛殺し』、『ゴッドハンド』の異名を持つ、

故、大山倍達総裁ですが、

伝統派と呼ばれる、

剛柔流と松濤館空手の高段者でした。

その極真空手が世に広まったのは、

一つの漫画によるものでした。

 

極真空手を志したほとんどの理由 | 空手バカ一代

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出典:現代空手マガジン(昭和47年11月号)

空手バカ一代

これを読んで

空手道場の門を叩いた人は、

いったい何人いたことでしょう。

空手はじめ、

格闘技の一大ブームを築き上げてくれました。

原作者は、

巨人の星』、『あしたのジョー』で、

これまた一世を風靡した、

故、梶原一騎氏』です。

原作の内容で、

真偽等、物議を醸し出したりもしていますが、

青少年の胸に突き刺さり、

感動を呼び、

俺も!

と極真会館だけでなく、

他の空手道場にも

入門者が引きも切らなかったのが当時の事でした。

何を隠そう、私もその一人でした。

既に空手(伝統派)や他の武道の経験が、

幼いながらもありました。

しかし、

この作品に出会い、

どうしても極真空手を学びたくなりました。

当時、少林寺拳法をやっていましたが、

親に頼んで、

高校を入学したら、

極真会館に入門してよいとの許可をもらいました。

それだけ、

極真会館、フルコンタクト空手に

空手バカ一代という、

一つの漫画に魅了されました。

現在は、

フルコンタクトのブームも去って久しいですが、

定着した感はあります。

梶原先生には、お会いしたことはありませんが、

凄い方であると思います。

同じ職業を持つ、弟さんにはお会いしたことがあります。

故、真樹日佐夫氏

兄と同じく極真空手の有段者です。

極真会館本部師範代もつとめ、

渋谷支部の支部長、

独立後は、

世界空手道連盟真樹道場

の宗師として、空手界に貢献しました。

兄弟そろって、

空手、特に極真空手を広めようと

一生懸命だった時代でした。

次は、

空手の帯と級についてお話ししたいと思います。

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出典:現代空手マガジン(昭和47年11月号)