護身としての空手

護身としての空手

空手に先手なし

自ら争いの渦中に足を踏み入れ、

事を起こしたり、

自らひけらかすような行為は

戒めなければなりません。

戦いの歴史の中、

身を守ることで確立していった空手、

自らその中に投じるようなことはしない。

やむをえず、

身にかかる火の粉は払わなければならないときのみ、

その真価を発揮する。

そのため、

沖縄では、

以前は構えがなかったと言われますし、

形は必ず受けから始まります。

しかし、

形が受けから始まるのは事実として、

構えがなかったとか、

先手なしというのは本当だったのでしょうか?

 

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空手は護身に役に立つのか? 戦いの意味とは

構えについては、

次回に譲るとして、

実際の戦いにおいては、

明らかな実力差がない限り、

後手は分が悪いと考えられます。

先に仕掛けたほうが勝利する確率が高いと思います。

当時の沖縄では、

空手の腕を試す意味で、

掛き試し』と呼ばれるものがあったと言われています。

要は、

ストリートファイト

けんかの事です。

勝つためには、奇襲も使ったとのことです。

先人の幾人かの方々が、

こうした行為も行って、

技が確立されていったことも

事実であると思います。

ただ、

当時は修行の途中で、

実力と精神がアンバランスであったと思います。

何時の時代も、

若気の至りというものが存在します。

ただし、

あくまで空手は、

人の道に外れる行為は、

厳に自戒しなけれならないという事を

守らなければなりません。

 

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空手はまず強くあってこそ意味がある

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出典:yahoo.co.jp

空手に先手なしということに異論ではないですが、

違った見方、解釈をしている方がいました。

極真会館、故、大山倍達総裁です。

総裁自身も

若気の至りで、戦いに身を投じていた時期もありました。

また、

色々な異種格闘技戦も行ったそうです。

無敗と聞いています。

結果、

基本的姿勢は、空手に先手なしと変わらないですが、

空手に先手あり、されど私闘なし

という言葉を残されました。

ひとたび、戦いに身を投じたなら、

相手に負けては意味がありません、

勝たなければなりません。

そのためには、先手必勝です。

しかし、

自ら進んで戦の中には入ってはいけない、

まして、

自分の私利私欲のためあれば、もってのほかです。

そのような意味から、

名言を残されたのであると思います。

最近、

これぞ護身のための空手というニュースを見ました。

渓流釣り中に熊に襲われた63歳の男性が、

素手で熊に立ち向かい、目突き等でこれを撃退したそうです。

熊は川の上流に逃げていったそうです。

男性は、空手の高段者とのことです。

自らも熊に引っかかれたり、

噛まれたりしてけがを負ったそうですが、

自力で病院に行って治療を受けたとのことです。

熊の身長は約190㎝、男性は170㎝、しかも63歳。

いくら空手の高段者とはいえ、相手は熊です。

日頃の修練のたまものであると思いますし、

いざという時に役に立つ、

護身としての空手を具現化していると思いました。

次は、

空手の構えと攻撃についてお話ししたいと思います。