空手 | 訃報 聖心館館長 黒澤浩樹氏

空手 | 訃報 聖心館館長 黒澤浩樹氏

2017年3月25日

極真史上最強とうたわれた、

現聖心館館長 黒澤浩樹氏が他界しました。

54歳、急性心不全でした。

早すぎるとしか言いようのない出来事です。

スポンサーリンク




黒澤浩樹 | 歴代のローキックの強豪をも霞むような抜群の破壊力のローキック

karate_kurosawa02

出典:yahoo.co.jp

極真会館第16回全日本空手道選手権

今までにないタイプの選手が出場してきました。

他に比類のないローキックをひっさげて

危なげなく優勝をさらっていきました。

全日本デビュー戦(第16回 対野沢選手)は、

当時の城西支部仕込みの下段の払い受けからのローキックを多用。

そのローキックの威力が通常の選手のものではありませんでした。

一発でその感触を実感した選手の口をそろえての感想は、

「今までにない威力」とか「初めての感触、耐えられない」とか

今までの選手とは別物の感があったようです。

現新極真会の緑代表が何かで述べていたのですが、

通常は脛を鍛えるのに砂袋を使用するのですが、

黒澤選手は鉄柱を蹴るとコメントしていました。

硬い脛に加えて、ウエイトで鍛えた足腰です。

相手に効かせられないわけがありません。

黒澤浩樹 | 極真史上最強

極真関係者の中では、黒澤師範が一番強かったと言う方もいます。

極真会館松井館長、

極真会館増田道場 増田 章代表師範

とともに極真3強と呼ばれました。

また、新極真会緑 健児代表も加えて、極真4強とも数えられました。

私が一番感動したのは、

第4回全世界空手道選手権でのピータースミット選手との試合でした。

あの試合の判定が元でスミット選手は極真を離れたそうですが、

文句のない内容であったと思います。

『強い!』と心踊らされた一試合でした。

次は、第5回世界大会でしょうか?

3位決定戦でのジャン・リビエール選手との試合です。

ジャン・リビエール選手は、

前の増田 章選手との試合でかなりダメージがあったと思いますが、

増田選手以上にボコボコにされ敗退しました。

ダメージがあったというより、

黒澤選手の威力が物凄かったと思います。

記憶にも記録にも残る名選手でした。

まだ54歳、私と同年代です。

惜しい方を無くしました。

黒澤浩樹 | 聖心館空手道

1997年、

極真会館から独立し黒澤道場を設立後、

2011年1月に聖心館空手道ど改め、

多くの道場生を指導し現在に至っていました。

一仕事終えた年代ならともかく、

これからまだまだやるべきことがある途中での

訃報は本当に残念でなりません。

Facebookの聖心館空手道のサイトで奥様のお言葉を拝見いたしました。

全てを掲載するわけにはいきませんが、

武道家として見事な生涯だったのではないでしょうか?

また、聖心館空手道を途絶えることなく、

道場生の皆さんで盛り立ててほしいと願います。

頑張ってください。

「黒澤浩樹の性格を察し、密葬を内々で行い荼毘に伏しました。
現在は遺骨を道場に安置し弟子達の稽古を見守っています。
<略>
黒澤浩樹の格闘に対する魂を受け継いだ弟子達は黒澤浩樹が生きていた時と変わりなく稽古をしております。」

 

引用:Facebook

黒澤浩樹 | 最後に

黒澤館長の歴代の戦績です。

いい時もあれば悪い時期もあったようです。

本当に苦労の連続であったと思います。

その中でも、絶対的な強さを見せつけた戦いは、

我々ファンの脳裏に焼き付いています。

格闘マシーン』と呼ばれていた時期もありましたが、

人間らしさ満載の人だったと思います。

謹んで哀悼の意を表します。

極真時代の四強の一人、

極真会館館長 松井章奎氏が自らのサイトで、

黒澤館長の訃報についてコメントを出しています。

↓ ↓ ↓
聖心館館長・黒澤浩樹氏の訃報に寄せて

志を異にして袂を分かっても、

昔は同じ釜の飯を食った仲です。

もちろんお互い凌ぎも削りました。

世界大会では一致団結して外国勢と戦いました。

松井館長のコメントに感動しました。

黒澤浩樹の戦績 極真時代

  • 1984年 第16回全日本空手道選手権大会 優勝
  • 1985年 第17回全日本空手道選手権大会 準優勝
  • 1987年 第4回オープントーナメント全日本ウエイト制空手道選手権大会 準優勝
  • 1987年 第4回オープントーナメント全世界空手道選手権大会 6位
  • 1991年 第8回オープントーナメント全日本ウエイト制空手道選手権大会 4位
  • 1991年 第5回オープントーナメント全世界空手道選手権大会 3位
  • 1993年 第10回オープントーナメント全日本ウエイト制空手道選手権大会 3位
  • 1993年 第25回全日本空手道選手権大会 6位
  • 1995年 第12回オープントーナメント全日本ウエイト制空手道選手権大会 3位

黒澤浩樹の戦績 K-1

  • 2003年6月29日 K-1 BEAST II 2003 アイヴァン・サラベリー 3R 判定引き分け
  • 2002年9月22日 K-1 ANDY SPIRITS 2002 須田 渉 2R KO勝利
  • 2001年8月19日 K-1 ANDY MEMORIAL 2001 平 直行 2R TKO負け
  • 2001年1月30日 K-1 RISING 2001 村上 竜司 3R 判定引き分け
  • 2000年10月9日 K-1 WORLD GP 2000 in FUKUOKA 子安 慎悟 1R KO負け
  • 2000年7月7日 K-1 SPIRITS 2000 滕軍 延長1R 判定負け
  • 2000年5月28日 K-1 SURVIVAL 2000 グレート草津 再延長R 判定勝ち
  • 2000年3月19日 K-1 BURNING 2000 角田 信朗 1R KO負け
  • 2000年1月25日日 K-1 RISING 2000 マーカス・ルイス 1R KO勝ち

黒澤浩樹の戦績 極真以降の空手

  • 1999年7月4日 PRIDE6 角田 信朗 3分2R 判定勝ち

黒澤浩樹の戦績 総合

  • 1997年10月11日 PRIDE1 イゴール・メインダート 3R TKO負け