聖心館館長 故.黒澤浩樹氏を偲ぶ会が本部道場にて行われました。

聖心館館長 故.黒澤浩樹氏を偲ぶ会が本部道場にて行われました。

2017年3月25日、

急性心不全で他界した、

聖心館館長 黒澤浩樹氏の偲ぶ会が、

7月7日、

聖心館空手道本部道場でしめやかに行われました。

黒澤氏は現役時代、極真史上最強とうたわれ、

第16回全日本選手権大会で

初出場で優勝するという快挙を成し遂げました。

その後は、

第5回世界大会で3位の実績、

PRIDEやK-1などのリングでも脚光を浴びました。

以前、葬儀、告別式は、親族のみで行われましたが、

故人の生前の付き合いや空手、

格闘技の関係者に感謝の気持ちを込めて、

この会の運びとなったそうです。

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偲ぶ会には極真三強といわれた方が、分裂後初めての顔合わせ

karate_kyokushin301

出典:eFight

奥様の黒澤弘美氏をはじめ、

山田雅俊極真会館城西支部長(代表発起人)、

岩崎達也氏、松井章奎極真会館館長、

増田章極真会館増田道場代表師範、玉木哲朗東海大学教授

が代表発起人とのことです。

また、

偲ぶ会には約80人の関係者が参加しましたが、

出席できなかった、緑健児新極真会代表、八巻健弐八巻空手代表、

マイケル・トンプソン氏、デビッド・ピックソール氏から弔辞が贈られたそうです。

在りし日の『極真三強』とは、

松井章奎極真会館館長、増田章極真会館増田道場代表師範、

そして、

黒澤浩樹聖心館館長の3名のことです。

また、

緑健児新極真会代表を含めた、

『極真四強』ともいわれました。

このころも含め、

以前の全日本の上位に位置する方たちの戦い方は、

個性的で、観客を魅了し、

本当に面白かったと思います。

以下にコメントを記します。

増田氏は「大山倍達総裁存命時に、極真空手の価値を高めるため共に戦った戦友だったと思っております」
とスピーチ。
松井氏は「20年が経過して残念ながらこういった形での再会となってしまいました。
もし握手が出来ていたならどんなに嬉しかっただろうか。
大山総裁がよく言われていましたが、虎は死んで皮を残す、人は死んで名を残す。
黒澤君はまさにそういう生き様をした男だったと思います」と評した。
黒澤氏と全日本ウェイト制選手権大会で対戦した七戸氏は、
「黒澤師範は強いです。全日本ウェイト制選手権で試合をした時、黒澤師範は指を骨折してしまい、
本当なら棄権するところです(骨折した指の骨が皮を突き破って外に飛び出ていた)。
でもそれでも戦い続けました。本当に凄いと思います。気持ちが凄いと思います。
本当に黒澤師範は強かったと思います」とかつてのライバルを称えた。

黒澤館長はじめ3強の試合ぶりはどのようなものだったのでしょうか?

残念なことに、

増田章氏とのメジャーな対戦はないんですね。

黒澤館長の試合で一番感動したのは、

第4回世界大会で、故.ピーター・スミット氏との試合です。

『極真アーカイブス 第4回 全世界 5回戦 黒澤浩樹 vs ピーター スミット』
(newshodo)

問題の七戸選手との一戦です。
『kyokushin karate 死闘!黒澤浩樹vs七戸康博 別アングル』
(5891 maron)

第5回世界大会での活躍です。
『平成3年 極真 第5回 全世界選手権大会 ②The 5th World Kyokushin』
(heat9061)

黒澤浩樹氏と八巻健弐氏の対戦は『57:00』です。
増田章氏とジャン・リビエール氏との対戦は『12:30』です。
黒澤氏とジャン・リビエール氏との対戦です。『1:23:45』
『5th world championship 1991』
(Kyokushin.TV)

黒澤氏と増田氏の対戦はありませんでしたが、

お互い当日にジャン・リビエール氏との対戦がありましたので、

比較してはいかがでしょうか?

松井館長との試合です。
『Kyokushin Karate 極真空手 第17回全日本決勝 松井VS黒澤』
(WAKADANNNAZ3)

黒澤館長の後を継いで。。。

karate_kurosawa_shinobukai03
出典:eFight

代表は、奥様の黒澤弘美さんですが、

聖心館師範は、師範代であった水島良治氏です。

常々黒澤氏は聖心館について、

「師範は水島で今後は影で支える立場になる」

ともらしていたそうです。

是非、聖心館空手道の神髄を後世まで伝えてほしいと思います。

聖心館空手道とは
今まで館長 黒澤 浩樹が行なってきた空手(極真空手)や
様々な格闘技ベースにした新しい独自の聖心館空手道(心の空手)です。
親御さんが子供を預けるのは、
「自分の子供に健康になってもらいたい」・「礼儀作法を学んでもらいたい」
という気持ちで預けて下さっています。
肉体的な技術オンリーの空手指導ではなく、
礼儀作法、笑顔を基本としほがらか明るくイキイキとした対応をモットーとし、
特に子供に対しては「心の空手」の指導を徹底しております。
勿論、館長を初め、全ての指導員、その他スタッフも徹底しております。

空手を学び、社会生活を送るという上で先生方に期待したいこと

54歳という歳は、早い遅いと問われれば、

早いというしかないだろうと思います。

しかし、

黒澤氏の場合、

もったいないという言葉がでてきます。

純粋に空手の先生ということで、

後進や道場生の指導に期待をしていたからです。

今の世の中、

大人も子供も同じ目線で動いている場面もあると思います。

例えば、

電車の中でも吊革につかまるでもなく、

自分で支えるでもなく、

大人子供関係なくスマホに夢中になっています。

人に迷惑をかけてまで、

見るものってありますか?

親が同じようなことをしているのであれば、

空手の先生が、

道場で礼儀を教えましょう。

大げさですが、生き方を学んでいただきましょう。

黒澤氏はじめ、

松井氏や増田氏もそれができるはずです。

また、

武道の先生方には、それを期待したいと思っています。

あらためて合掌

押忍

黒澤浩樹の戦績 | 最後に

以前にもお伝えしましたが、

黒澤浩樹氏の現役時代の戦績を再度掲載させていただきます。

黒澤浩樹の戦績 極真時代

  • 1984年 第16回全日本空手道選手権大会 優勝
  • 1985年 第17回全日本空手道選手権大会 準優勝
  • 1987年 第4回オープントーナメント全日本ウエイト制空手道選手権大会 準優勝
  • 1987年 第4回オープントーナメント全世界空手道選手権大会 6位
  • 1991年 第8回オープントーナメント全日本ウエイト制空手道選手権大会 4位
  • 1991年 第5回オープントーナメント全世界空手道選手権大会 3位
  • 1993年 第10回オープントーナメント全日本ウエイト制空手道選手権大会 3位
  • 1993年 第25回全日本空手道選手権大会 6位
  • 1995年 第12回オープントーナメント全日本ウエイト制空手道選手権大会 3位

黒澤浩樹の戦績 K-1

  • 2003年6月29日 K-1 BEAST II 2003 アイヴァン・サラベリー 3R 判定引き分け
  • 2002年9月22日 K-1 ANDY SPIRITS 2002 須田 渉 2R KO勝利
  • 2001年8月19日 K-1 ANDY MEMORIAL 2001 平 直行 2R TKO負け
  • 2001年1月30日 K-1 RISING 2001 村上 竜司 3R 判定引き分け
  • 2000年10月9日 K-1 WORLD GP 2000 in FUKUOKA 子安 慎悟 1R KO負け
  • 2000年7月7日 K-1 SPIRITS 2000 滕軍 延長1R 判定負け
  • 2000年5月28日 K-1 SURVIVAL 2000 グレート草津 再延長R 判定勝ち
  • 2000年3月19日 K-1 BURNING 2000 角田 信朗 1R KO負け
  • 2000年1月25日日 K-1 RISING 2000 マーカス・ルイス 1R KO勝ち

黒澤浩樹の戦績 極真以降の空手

  • 1999年7月4日 PRIDE6 角田 信朗 3分2R 判定勝ち

黒澤浩樹の戦績 総合

  • 1997年10月11日 PRIDE1 イゴール・メインダート 3R TKO負け

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