「中国で太極拳名人が次々失態」という記事について

「中国で太極拳名人が次々失態」という記事について

今日のYahoo!ニュースでタイトルにある

中国で太極拳名人が次々失態』という題で、

太極拳について記事が上がっていました。

 

 

また、

太極拳は『武道ではない』との批判も出ているようです。

どういうことなのでしょう?

中国の四川省で10大武道師範の一人とされている、

太極拳の名人の雷雷氏が総合格闘技に敗北したということです。

正確には、

総合格闘技のコーチをしている同じ中国人の徐という方と対戦、

わずか20秒のKO劇であったそうです。

これについて、中国でネット上では、

太極拳がイメージする『健康法』を強調し、

『太極拳を始め、伝統武術はどれも詐欺』と書き込みが殺到。

徐氏は日頃から太極拳を批判していたそうで、

それを同意するコメントも上がっているとのことです。

その後、

他の太極拳の名人が、

徐氏との対戦を希望するなどしてさらに盛り上がっています。

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太極拳と総合格闘技との試合内容

開始の合図で二人がとった構えは、

ボクシングスタイルの徐氏に対し、

太極拳の構えでゆったりとした動きの雷雷氏。

徐氏の左ジャブでの先制攻撃が功を奏し、

避けようと体を移動した雷雷氏に対し、

追い打ちの右フックがヒット、

これが決定打となり、結果的にTKOで徐氏の勝ちとなりました。

この試合で問題にすべき点は何でしょうか?

太極拳は、総合格闘技の選手ではなく

コーチより弱いということでしょうか?

太極拳の伝統を辱められたということでしょうか?

太極拳は弱いのでしょうか?

太極拳041

太極拳は太極拳、

空手は空手とその枠の中で

同じ練習をしています。

本来違う格闘技や武術同士で戦うことはありません。

違う武術を習得した武術家同士が戦う話が昔話でありますが、

成り立たないのではないかと思います。

もし、あったとしても、どちらが強いではなく、

運が大半を占めているのではないでしょうか?

本来、格闘技や武術は、

その同じ格闘技、武術同士で戦うのが一般的であって、

その修練は、

その同一の格闘技や武術の中で、

同一ルールでの戦いを想定したカリキュラムが組まれています。

その中では、異種で戦う練習はありません。

したがって、

異種を想定した練習がなされていないということは、

その戦いが成立するということはないと思います。

昔、中国では違う武術家同士が戦ったという記録がありますが、

お互いの技がかみ合わないのですから、

武術ではなく、子供の喧嘩に近いものになるのではないでしょうか?

言いたいことは、

どちらが強いのではなく、

先制を仕掛けて、自分の土俵に上げたほうが勝ちになるということです。

極端ですが、

サッカーと野球で勝ち負けを決めるようなものです。

また

立ち技のみのルールであれば、

ボクシングやキックに近いスタイルになるので、

それに強い人が有利です。

ある意味、運も左右するということです。

まれに異種格闘技戦などもありますが、

真剣勝負というよりもショー的なイメージが

大きいのではないでしょうか?

そのようなことをやっても、

はっきり言って無意味に近いです。

ビジネスでない限り、

ポイントがずれていると思います。

格闘技や武術を志す本当の意味は

太極拳042

異種で強い弱い言う前に、

中国拳法同士で面白い現象があります。

太極拳でも八極拳でも形意拳でも、

套路や推手までは、

その武術独自の型そのものですが、

散手(打)になると、

何故かキックボクシングに近い戦闘法になってしまい、

それぞれ独特の技は全く見られなくなってしまいます。

恐らくルールが関係してくると思いますが、

それにしても全くの別の格闘技に変わってしまいます。

雷雷氏も異種様に散打の練習はしていなかったのでしょう。

ただ、言いたいのは、

武術は相手との勝敗、

優劣を決めるためのものではありません。

大切なのは、

自分自身に打ち勝つということです。

昨日よりも今日、今日よりも明日と、

自分がいかに向上するか、

その為の助けとなるのが武術です。

K-1選手もうつ症状で自殺する時代に、

相手との強さだけを求めてもあまり意味のある事ではないと思います。

今回のニュースは、

事実を伝えてはいますが、

物事の真実、本質は伝えきれていないと思います。

また、

それがニュースであると実感しました。