廣重毅氏 極真の名伯楽が逝去 | 空手 訃報

廣重毅氏 極真の名伯楽が逝去 | 空手 訃報

2018年4月18日

全日本でも活躍し、指導者としても実績を残した、現極真拳武會会長、廣重毅氏が他界しました。

ここで直前の記事の佐藤俊和氏と同じ、70歳でした。

最近では極真拳武會を興し、これからの発展に期待に胸を膨らませている時だっと思います。

残念でなりません。

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廣重毅 | 重戦車と言われた現役時代

廣重氏は1947年11月1日福岡県出身。

1973年極真会館入門。25歳の時で大山倍達極真会館館長の内弟子として稽古に精を出しました。

その後は、選手兼東京城南支部長として活躍しました。

先輩格にあたる真樹日佐夫氏(極真会館総本部師範代、渋谷支部長を経て、真樹道場宗主)の綴った文があります。

16年の昔になろうか、広重は本部道場で、まだ白帯であった。
そのころ私は、佐藤勝昭、三浦美幸、岸信行などとともに主に二部、三部の稽古に出ていたが、
なぜ広重について記憶にとどめているかといえば、
「広重か……珍しい名前だな」
と私が言ったのに対し、、
「押忍、安藤広重の広重であります」
と彼が答えた、その比喩のユニークさゆえである。

広重が全日本大会4位入賞を果たした年の披露パーティーの席上、
「おめでとう。よくあそこまで頑張ったものだ」
と私が声をかけると
「押忍、あれが自分の限界です。もう年ですからね。体がバラバラになったようで、立っているのがやっとです」
広重は言った。

「押忍、いろいろとありがとうございました。」
と丁寧に頭を下げてから離れて行った。
「彼にとっちゃ最良の夜だな」
泰彦がいい、
「男の後ろ姿、か。泣かせるねぇ」
と茂が言った。
夜風に吹かれつつ雑踏にまぎれていく広重の後ろ姿は、やはり大きく足を引きずっていた。
(泣かせる……か。まさにしかりだ。)
私も同感の思いで見送った。

 

引用:極真空手27人の侍たち 真樹日佐夫著 有朋堂

25歳で当時は遅い入門を考えれば、素晴らしい実績を上げたと思います。

広重氏は、プロ空手のリングにも上がっています。

極真会館がバックアップした日本空手ファイト協会で俗に言う「極真のプロ空手」です。

そこでは、加納達也という名で、重戦車の異名をとり活躍しました。

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出典:拳の目

内弟子時代の広重師範です。後列一番左。

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『極真の名伯楽 広重毅  Tsuyoshi Hiroshige kyokushin』
(kyokushin karate)

廣重毅 | 名伯楽と呼ばれた最高の指導者

選手としては、1978年の4位が最高位ですが、1979年には世界大会にも出場を果たしています。

そこで培った単なるパワー空手ではなく、合理的な空手を身に着け、後進の指導に生かし多くの弟子・選手を育て上げました。

極真会館を2002年に退会し、盧山初雄が興した極真館の副館長を経て2017年2月に極真拳武會を興し、

会長として指導をされていました。

その指導は定評があり、極真時代は「チャンピオン製造工場」などども言われました。

しかし、強さだけでなく、精神を重視して人間形成の場を作り上げた数少ない指導者であると思います。

弟子に栄冠を勝ち取った選手も多いですが、それ以上のものを受け取ったと思います。

実績を残した弟子たち

  • 緑健児 極真会館第5回世界優勝 現新極真会代表
  • 八巻建弐 極真会館第21、26回全日本優勝 第6回世界大会優勝 現八巻道場代表
  • 塚本徳臣 新極真会第6回、10回全世界大会、全日本大会5回優勝 現新極真会支部長
  • 数見肇 極真会館全日本大会3連覇、計5回優勝 数見道場館長
  • 入来武久 極真会館第2回全日本中量級優勝 現新極真会支部長

『廣重毅の空手トレーニング テクニック2 kyokushin karate』
(kyokushin karate)

広重 毅 | 最後に

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出典:yahoo.co.jp

選手として遅咲きでもきちんと実績を残しています。

指導者としても超一流でした。

また、人間としても男気溢れた素晴らしい方と聞いています。

お弟子さんたちは、師範の教えを受けついで、道場を盛り立ててくれればと思います。

師がそうであったように単なる強さだけでなく人間としての強さを求めてください。

合掌